常識って何なんでしょう?辞書では「一般の社会人が共通にもつ,またもつべき普通の知識・意見や判断力」と定義されています。でも、人それぞれ育ってきた環境や価値観が違うわけですから、当然、ひとりひとりが「これが常識だ」と思い込んでいるものです。ですから、「常識は一つではない」ということです。世の中には、常識がたくさんあるということです。
会話がスムーズに行かないのも、「自分の常識」と「相手の常識」がズレていることが原因であることが多いものです。「普通~だよね?」と言われても常識が違えばピンときません。「普通」なんていう概念はありません。「仕事」という言葉の意味は、嫌なことをやらされるというニュアンスを含んで使っている人もいれば、やりたいことを楽しみながらやっているというニュアンスを含んで使っている人がいます。こうなると、互いに会話しているようでも、実際には会話は成り立っていません。
イギリス人は雨が降ってもあまり傘をさしません。日本とは違って、天気がコロコロ変わりやすく、霧雨が多いので傘をさす習慣があまりないからです。スペイン・イタリア・南フランスなどでは、「シエスタ」といって社会人も昼寝を当たり前にしている国があります。日本では1日3食が基本となっていますが、タイ人は1日の食事の回数は4~5回です。決まった時間に食事をとるという考え方がないので、各々がお腹がすいたら勝手に食べるという風習がいまだ根強い国です。その国の人たちにとっては、これが常識であり、さまざまな常識が世界中に無数にあります。
そもそも、何が常識で、何が非常識なんかよくわからないものです。よくある常識も、その人が初めて体験するときには、その人にとっての非常識ですし、非常識なことが常習的に行われていれば、いつしかその非常識が常識になってしまうものです。「これが正しい」という決まりなどありません。でも、多くの人が「これが正しいという常識」にこだわります。だから、戦争が起きます。戦争は両者の正しさのぶつかり合いです。「いつの世も変わらない真理とは何か?」を理解しているはずの宗教家でさえ、自分たちの正しさのために宗教戦争をしています。過去の人間の歴史において、戦争がない時代はありませんでした。世界のどこかでいつも戦争が起きています。人間は太古の昔からずーっと戦争をやっています。
では何故争いに発展するかと考えてみましょう。それは自分だけが正しくて相手が間違っていると主張して、互いに相手を打ち負かそうとするからです。どちらかが自分を肯定して相手を否定する態度をとれば、相手も同じようにしてきます。だから争いが生まれ戦争がはじまるのです。勝手に相手の主張をネガティブに受け取って「非難された・責められた」と決めつけてしまったり、自分自身の思い込みが激しく、視野が狭くて相手の主張を聞こうともしない一方的な態度がどんどんエスカレートさせていきます。相手からすると、「自己中心的な考え方をする」と思われがちです。
私たちは、「ひょっとして、相手は自分と異なった認識を持っているのかもしれない」という考えを忘れてはいけません。自分の主観で考えて、一方的に相手を非常識だと決めつけてイライラするのもバカバカしい話です。自分の考えがひょっとして思い込みなのかもしれないという心をもって、いったん相手の立場に立って考えてみることは、とても大切なことです。視野を広げて、客観的な視点を持つようにしましょう。
|