150年ほど前、働いている日本人の90%は農民でした。現在、働いている日本人の90%は「サラリーマン」です。なぜそんなにサラリーマンが多いのか・・・それは、日本の経済がどんどん拡大している時代だったからです。そして、多くの人が、サラリーマンとして定年まで過ごすのが、もっとも都合の良いまっとうな幸福を得る手段だと思いこんでいるのが実情です。公務員になって「我慢して一生過ごす」というのなら結構です。親方日の丸はいつの時代も安泰です。しかし、民間企業で定年まで安穏と過ごせるところなど、今の時代はありません。
モノの見方や考え方は、どれが正しいとか間違っているとかいうことはありませんが、事業家から言わせれば、サラリーマンというのはくだらない人生に見えます。自由がありませんから、自分で何も決められません。私は、人間は自由に生きるのが一番だと考えています。ですから、サラリーマンは一種の奴隷にように見えてしまいます。しかし、彼らはそれを認めたがりません。「一人ではできない大きな仕事ができる」なんて言います。その代わりに、「自由」という多大な犠牲を払っているのも事実です。サラリーマンは自分たちが一種の奴隷であることを認めたくないものです。
150年前の農民たちも、言ってみれば一種の奴隷でした。農業に携わる小作人は、田畑を保有する地主が農作物生産のために、労働力を提供していました。小作人は、農奴や奴隷と呼ばれる下層身分のことです。エジプトでピラミッドを建設したのも奴隷でした。当時、ピラミッド建設に従事した奴隷たちには、食料配給があり、報酬としてビールまで支給されていたそうです。住居区画があり、炉床や寝床、監督官用の別室などが整備されていたそうです。私たちはピラミッドを建設した人たちを奴隷と呼んでいますが、今のサラリーマンと何も変わらない待遇がありました。サラリーマンが一緒の奴隷であるというのは、そういう意味では、言い方が違うだけで、現代にも奴隷制度が実態として存在していると考えられます。 |