普通であるということは、その他大勢の人と同じなので、安心感があります。それが正しい選択であるのか、間違った選択であるのかはわからなくても、心配や不安がなくて心が安らぐ感じがします。自分の頭で考えなくても、なんとなく安心感が得られます。だから、それが一番楽なのです。
普通であることが決して間違っているということではありません。恐怖や不安から解放され、心安んじて生きていける境地が何よりも大切だと言うのなら、他の人と同じように過ごせばいいだけです。ただ、自分だけは成功しようとか、もっと人生を面白いものにしようなどとは考えてはいけません。
これは私の考えですが、現代社会において、普通であることはリスクでしかありません。その他大勢と同じように平凡に暮らすことなどリスクでしかありません。日本では、サラリーマンの半数以上が強い不安とストレスにさいなまれ、ぎりぎり何とか自分を保って生きています。若者の二人に一人は奨学金という名の借金を抱えて苦しんでいます。G7では10代の死因のトップが自殺になっているのは日本だけです。若者の自殺率は20年間で世界ナンバーワンです。少子化がさらに進むことで、経済的貧困が現実のものとして国民にのしかかっていきます。若者が未来の展望を描けない時代。これが今の日本の現状です。そんな日本で普通を目指すことに何の意味があるんでしょうか?普通であることは平凡であることです。その他大勢と同じような大人を目指せば、自殺しないまでも、確実に同じような苦しみを味わうことになります。 |